今月の季語(2月) 鳥帰る
春です。昨今では雪に不慣れな地域が大雪に戸惑う時期にもなりました。秋冬に日本へ渡ってきて冬を越した鳥が、次々に北へ戻っていく季節の到来です。
〈引鴨〉〈帰雁〉という季語が示すように、種類ごとに群れをつくって帰って行きます。
引鴨や光も波もこまやかに 津田清子
美しき帰雁の空も束の間に 星野立子
このときの「引」と「帰」は同義です。名詞だけでなく動詞の形で使うこともあります。
白鳥の引きし茂吉の山河かな 片山由美子
帰る時期が近づくと渡りの練習のような行動を取り始めます。呼び交わす声や振る舞いから、その土地に住む人は「今夜だな」と察するのだそうです。一夜明けたら池がからっぽ、なんていうことがあるのかもしれません。
こうした大型の鳥のほか、鶫(つぐみ)や鶸(ひわ)など小型の鳥も帰ります。それらをまとめて〈鳥帰る〉といいます。
鳥帰る無辺の光追ひながら 佐藤鬼房
〈鳥帰る〉と同じ内容の季語に〈鳥雲に入る〉があります。鳥が帰っていくとき、雲間に入って姿が消えるように見える、感じるということを表しています。
鳥雲に入るおほかたは常の景 原 裕
略して〈鳥雲に〉ともいいます。
鳥雲に娘はトルストイなど読めり 山口青邨
子の書架に黒きは聖書鳥雲に 安住 敦
子の思いがけぬ成長に、遠まなざしになっている父親の姿が目に浮かびます。見えていたはずの姿をいつまでも追いかけるのは親の宿命とも言えましょうが、同じ趣旨で詠んでいるのが、ともに父親であることが興味深いです。〈鳥雲に〉は〈鳥帰る〉と同義ですから、本物の鳥が帰っていくことを表すのですが、抽象的、比喩的な意味合いをもたせて使うことも可能なようです。
帰る鳥がいる一方、残る鳥もいます。傷ついたり、病気になったりして群れに加わることのできなくなった鳥です。〈残る鴨〉〈残る雁〉などといいます。
蹼(みずかき)を見てゐる鴨よ残りけり 三橋敏雄
残りしか残されゐしか春の鴨 岡本 眸
〈春の鴨〉という場合は、これから帰る鴨も含み、必ずしも残ってしまった鴨とは限りません。また、渡りをしないカルガモのような鴨は、残る鴨とはいいません。
帰るものが帰ってしまうと、天地は〈春の鳥〉〈春禽〉に満たされていきます。鳴き声にも変化が起き、〈囀り〉が高まります。例えば〈鶯〉のホーホケキョのように。そして〈鳥の恋〉が実り、〈鳥の巣〉では新しい命が誕生します。
わが墓を止り木とせよ春の鳥 中村苑子
囀りをこぼさじと抱く大樹かな 星野立子
囀に色あらば今瑠璃色に 西村和子
太陽は古くて立派鳥の恋 池田澄子
鳥の巣に鳥が入つてゆくところ 波多野爽波
やがて〈燕〉もやって来るでしょう。
渡り来て秩父も奥のつばくらめ 石塚友二
歳時記を携え、鳥の世界の入れ替わりを見届けに出かけませんか? (正子)